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衝撃のアーミングから始まった世界進出

81年5月、レイジーに在籍していた樋口宗孝(ds)、高崎 晃(g)が、みずからの音楽性を追求するために新バンド結成を決意する。オーディションにより、元アースシェイカーで活動し、当時はソウル・ミュージックに傾倒していた二井原 実(vo)、高崎とおさななじみだった山下昌良(b)を迎え“ラウドネス”を結成。8月より、ファースト・アルバムのレコーディングを開始した。そして、11月、日本のハード・ロック・シーンを揺るがすファースト・アルバム『誕生前夜〜THE BIRTHDAY EVE』をリリース。

オープニングに収録されている高崎によるアーミングが、日本のロック・シーンを塗り替える序章となった。12月には、浅草国際劇場でデビュー・コンサートが行なわれる。“ハード・ロックは売れない”という当時の音楽業界の見方に反して、2,700枚のチケットはソールドアウトになり、ラウドネスは100分に渡っての圧倒的なライヴを見せつけた。

その後、精力的な活動を行っていたラウドネスは、82年7月にセカンド・アルバム『戦慄の奇蹟〜DEVIL SOLDIER』を、83年1月にはサード・アルバム『魔界典章〜THE LAW OF DEVIL'S LAND』をリリース。この2作品では、当時、“日本のエンジニアではヘヴィ・メタルは録れない”ということからアメリカ人エンジニアであるダニエル・マクレンドンを起用。すでに“日本のバンド”の常識では考えられないクオリティのサウンド、テクニックを確立していた。

そして、83年7月には、初のアメリカ・ツアーを大成功に収めるという快挙を達成。そのままの勢いで、8月からはヨーロッパ・ツアーを敢行。日本のみならず、世界を視野に入れた活動を展開していく。9月からは、イエスの大ヒット・アルバム『ロンリー・ハート』を手掛けたエンジニアジュリアン・メンデルスゾーンを迎え、4枚目のアルバムとなる『撃剣霊化〜DISILLUSION』の制作をイギリスで行なう。メンバーにとって、初となる悲願の海外レコーディングを達成する。

84年5月、83年に行なったアメリカ・ライヴが、アメリカのアトランティック・レコード関係者の目にとまり、日本のバンドとしては初となるワールドワイド契約を結ぶ。この年の8月から、オジー・オズボーンなどの仕事でも知られる世界的な名プロデューサー、マックス・ノーマンを迎え、ワールドワイドでリリースする第1弾アルバムのレコーディングをロサンゼルスで開始する。

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